なぜ「切らずに」核割れがわかるのか
桃の核割れ(種の内部に亀裂が入る生理障害)は、外見からはほとんど判別できません。核割れした果実は甘みが乗らず渋みが強く出る傾向があり、食味の面でも生産者にとって見過ごせない品質問題です。加えて、核割れ果が混入すると、加工用途では品質のばらつきや異物混入のリスクにつながり、市場での信頼性を大きく損ないます。切って確認すれば分かりますが、それでは商品として出荷できなくなってしまいます。「壊さずに、中の状態を知る」。この一見矛盾した要求に応えてきたのが、音響振動法という技術です。
音で中身がわかる仕組み
音響振動法は、対象物に振動を与え、その応答(共鳴周波数)を測定することで内部の物性を推定する手法です。果実の分野では、2次共鳴周波数(f2)を使って硬さや熟度を評価する研究が先行して進んでいました。測定には、生物振動研究所(Applied Vibro-Acoustics, Inc.)が開発した携帯型の共鳴周波数測定装置を使用しています。
「f3/f2の比」という着眼点
桃の核割れ判別における独自性は、単一の共鳴周波数ではなく、2次(f2)と3次(f3)の共鳴周波数の「比」に着目した点にあります。
300個以上の桃を測定した結果、健全な果実のf3/f2比は1.35〜1.4という狭い範囲に収まっていました。一方、核割れが生じた果実ではこの比が1.45〜2.0まで上昇することが分かりました。
カットオフ値を1.45に設定すると、核割れ果の95%を正しく検出でき、健全果を誤って核割れと判定してしまう割合はわずか1.5%にとどまりました。市販の選果ラインに組み込める、簡便で低コストな検査手法として成立する精度です。

有限要素法(FEM)でメカニズムを裏付ける
実測だけでなく、有限要素法(ANSYS)による数理モデルでもこの現象を検証しました。桃を球体としてモデル化し、核割れに相当する空隙を種の内部に挿入したシミュレーションを行ったところ、実測と同じ傾向、すなわち核割れがあるとf3/f2比が上昇するという結果が得られました。
経験的に「効く」指標を見つけただけでなく、なぜその指標が核割れを反映するのかを物理モデルで裏付けられたことが、この研究の学術的な価値です。
日本園芸学会 最優秀論文賞
この研究成果は2018年、The Horticulture Journal誌に掲載され(Nakano et al., 2018. Horticulture Journal 87: 281–287)、日本園芸学会の年間優秀論文賞を受賞しました。数理物理研究所(MPL)代表は、当時広島大学に所属し、この論文の共著者の一人としてこの研究に加わりました。研究は岡山大学と広島大学(櫻井直樹教授の研究室、現在の生物振動研究所)による共同研究として実施されたものです。
素粒子物理の手法を、農業の現場へ
なぜf3/f2という比が核割れに敏感に反応するのか。この問いに対する理論的な理解は、今も研究を続けています。果実を粘性を伴う弾性体としてモデル化し、強制振動に対する応答の位相のずれから現象を説明しようとする、より基礎的な物理理論からのアプローチです。
経験則を「効くから使う」のではなく、なぜ効くのかを第一原理から理解しようとする姿勢は、Fermilab・SLACでの素粒子物理研究で培った手法をそのまま踏襲しています。対象が素粒子であっても果実であっても、現象の背後にある物理法則を解き明かすという営みの本質は変わりません。
ご相談の流れ
「非破壊で内部の状態を判別したい」「経験則ではなく、物理的な裏付けのある手法を探している」。そうした課題をお持ちでしたら、ぜひご相談ください。数理物理研究所では、査読論文としての実績を持つ確かな理論に基づいて、非破壊検査・振動解析のご相談を承っています。