「発明者」という、新しい問い
生成AIが研究開発の一部を担うようになるほど、避けて通れなくなる問いがあります。AIを使って生み出したアイデアは、特許として守れるのか。
技術的にどれだけ優れていても、この問いに答えられなければ、事業として積み上げてきたものが土台から揺らぎかねません。ここでは、米国と日本それぞれの現在の立場を、一次資料に基づいて整理します。
共通する大前提:発明者は自然人に限られる
まず押さえておきたいのは、米国・日本のいずれも、特許の「発明者」はAIそのものにはなれないという立場で一致していることです。
この点は、AIを発明者として記載した特許出願が複数国で同時に提出されたことで、実際に決着がついています。ある研究者が開発した自律型AIシステムを発明者として記載した出願が、米国・英国・欧州・韓国・日本を含む複数の国と地域に提出されましたが、いずれの国でも認められませんでした。特許制度は「人間の創作活動」を前提に設計されており、AI自身を権利の主体にすることは、現行法の枠組みでは想定されていない、というのが共通した結論です。
ただし、これは「AIを使った発明は特許にならない」という意味ではありません。AIが強く関与した発明であっても、それを特許にできるかどうかは、自然人がどれだけ実質的に関与したかにかかっている、というのがより正確な理解です。
米国の状況
米国では、2022年の連邦巡回区控訴裁判所の判断で、特許法上の「発明者」は自然人でなければならないと確認されました。AIシステム自体を発明者として記載することはできませんが、AIの支援を受けた発明そのものは、自然人が実質的な貢献をしている限り特許の対象になり得るとされています。
その後、米国特許商標庁(USPTO)は、AI支援発明の審査をどう進めるかについて実務指針を示してきました。ここで一つ、記事を準備する過程で気づいたことがあります。当初参照していた指針は、すでに新しい版に置き換わっていました。 直近の改訂では、AIを使ったかどうかで特別な判定基準を設けるのではなく、AI支援の有無にかかわらず、これまで通りの「着想(人間が発明の具体的な内容を思い描いたかどうか)」という基準を一律に適用する方針に整理されています。AIは、実験装置やデータベースと同じように、発明を助ける「道具」として位置づけられました。
判定基準は改訂されましたが、根っこの考え方は変わっていません。AIをどう使ったかではなく、人間が何を着想し、何を判断したかが問われるという一貫した方向性です。
日本の状況
日本でも、基本的な立場は米国と同じです。特許法に「発明者」の明確な定義規定はありませんが、特許庁・裁判所の一貫した運用では、発明者は自然人に限られるとされています。
先述の国際的なテストケースは日本にも出願され、特許庁は方式上の不備を理由にこれを却下しました。この判断は東京地方裁判所で維持され、2025年1月には知的財産高等裁判所も、現行の特許法上、AIが生成した発明に特許を認めることはできないとして、この判断を維持しています。あわせて、AIによる発明への特許付与の是非そのものは、社会への影響を踏まえた立法上の議論に委ねるべきだという考え方も示されました。制度としての「扉」が完全に閉じているわけではなく、今後の立法論に開かれている、という点も付け加えておきたいところです。
実務的な含意:何を記録しておくべきか
米国・日本のいずれでも問われるのは、結局のところ「人間が何をしたか」です。そうであれば、AIを使った開発の過程で、次のような記録をその都度残しておくことに意味があります。
- 人間がどのような技術的課題を定義したか
- AIに対して具体的に何を行ったか(プロンプトの設計、条件の指定、候補の絞り込み等)
- AIが出した候補や結果を、どのような基準で評価・選別したか
- 人間が最終的に何を追加し、何を変更したか
これは特許出願を見据えたときだけの話ではありません。AIを使って考えた形跡を、後から人間の側が説明できる状態にしておくこと自体が、開発プロセス全体の質を裏付ける記録になります。
動きの速い分野だからこそ
この記事を準備する中で実感したのは、AIと知的財産をめぐるルールは、数ヶ月単位で更新され得るということです。専門家の解説であっても、参照している情報がいつの時点のものかを意識しないと、知らないうちに古い基準で判断してしまうことがあります。
だからこそ、判例や公式ガイダンスといった一次情報に立ち返って確認する姿勢そのものが、この分野と付き合っていく上での実務の一部になります。
ご相談の流れ
「AIを積極的に使いながら開発を進めたいが、知財をどう守ればいいか分からない」。そうした悩みは、AIを研究開発に取り入れている企業であれば、規模を問わず共通するものだと思います。数理物理研究所自身も、AIを使いながら開発を進める立場として、同じ問いに向き合っています。知財を守るための実務的な判断そのものは弁理士・弁護士の領域ですが、日々の開発の中でAIをどう使い、何を記録し、何を避けるか、という運用設計の視点であれば、お話しできることがあるかもしれません。ご興味があれば、お気軽にご相談ください。