数理物理研究所

2026-09-25

AIが生成した計算は、AIに判定させてはいけない

AIが生成した計算は、AIに判定させてはいけない

AIが計算を代行する時代の、新しい問い

生成AIの進化により、自然言語で条件を伝えるだけで、構造解析や流体解析のような専門的な計算を実行できる環境が現実のものになりつつあります。数理物理研究所でも、自然言語の依頼から解析条件を組み立て、計算を実行し、結果を検証するパイプラインを開発しています。

ここで必ず出てくる問いがあります。AIが出した計算結果を、どう信じればいいのか。

一見自然だが、危険な発想:「AIにチェックさせる」

直感的に思いつく対策は、「AIが出した結果を、別のAI(あるいは同じAI)にチェックさせる」というものです。しかしこれには根本的な問題があります。

チェックする側のAIも、チェックされる側のAIと同じ種類の誤りを犯し得ます。計算式そのものは正しいのに、その計算式が導くはずの数値とは違う数字を、答えの欄に書いてしまう、という失敗は、人間の目には明らかな誤りに見えても、AIにとっては「もっともらしく見える」ため、AIによるチェックをすり抜けやすいのです。判定する側もAIである以上、これは「AIの出力を、AIの判断力で保証する」という循環になってしまいます。

機械的検証という設計

数理物理研究所が開発している解析AIパイプラインでは、この循環を断つために、AIには一切判定させないという設計を採用しています。判定するのはAIではなく、あらかじめ決められた手順どおりにしか動かない、普通のプログラムです。次の2段階の検査を組み込んでいます。

  • 入力段階の検査:単位が正しいか、許可されていない関数呼び出しをしていないかに加えて、次のような突き合わせを行います。AIは、予測値と、その根拠となる計算式を同時に出力します。プログラムはこの計算式を実際に計算し直し、その結果が予測値と一致するかを確認します。計算式も予測値も同じAIの出力に含まれる2つの項目なので、これはAIの言っていることの中に自己矛盾がないかを確かめる検査です。ときどき、計算式自体は正しいのに、予測値の欄だけ別の数字になっている、という誤りが見つかります。まるで計算は正しくできているのに、答えを書く欄には違う数字を書いてしまったかのような誤りで、AIによく見られるパターンです
  • 結果段階の検証:入力段階の検査を通過したあと、実際に物理法則に基づいて計算するソフトウェア(本物のシミュレーション)を動かします。その出力を、AIが計算前に独立して立てていた予測値と突き合わせます。こちらはAIの予測が現実と合っているかを確かめる検証で、入力段階の検査とは性質が異なります。AIが実際の答えを見る前に予測を立てている点も重要で、答えを教えてから「合っていますか」と聞くのとは根本的に違います

この検査で誤りが見つかったとき、AIへ返すのは「正解」ではなく、どこが間違っているかを示すメッセージだけです。AIは実際の計算結果を一切知らされないまま、自分の力で修正し直します。

計算分野を越えて再現される、AIの失敗パターン

この検証の仕組みを、性質の異なる複数の種類の工学計算に適用してみました。興味深いことに、扱う物理現象が全く異なっていても、AIは同じ種類の誤りを繰り返しました。

  • 指定された通りに答えを書けばいいのに、その答え全体をもう一枚別の封筒に入れてから提出してしまうようなイメージの誤り。中身は合っていても、決められた受け取り方と噛み合わず、機械的には読み取れなくなる
  • 計算式そのものは合っているのに、その計算式が導くはずの数値とは違う数字を、答えの欄に書いてしまう

同じ失敗が、扱う計算分野を問わず現れたという事実は、逆に言えば機械的検証という対策も、計算分野を問わず有効に機能することの裏付けになりました。AIの弱点が普遍的なら、対策も普遍的に効くのです。

それでも残る、もっと難しい問題

ここまでは、「正解が明確に定義できる」ケースの話です。単純な形状・単純な物理条件であれば、理論的な厳密解と突き合わせることができます。しかし対象が複雑になるほど、厳密解そのものが存在しなくなります。

実際に、ある条件では理論的な厳密解が使えても、条件が複雑になった途端にこの壁に直面する、という場面に何度も遭遇しました。厳密解の代わりに、経験則(実験に基づく近似式)に頼らざるを得ないケースも出てきます。「正解」という基準そのものが、複雑さとともに曖昧になっていくのです。

この場合、単一の解決策はありません。むしろ、性質の異なる複数の機械的チェックを重ねることで、AIの判断力に頼らずに信頼性を積み上げていきます。

  • 収束性の確認:計算の解像度を変えても結果が安定した値に近づいていくかを確認します。「正しいか」は分からなくても、「数値的に安定しているか」は機械的に判定できます
  • 独立した別経路との突き合わせ:同じ問題を異なる近似・異なる手法で解き、結果が一致するかを確認します。厳密解が無くても、独立した2つの経路が一致すれば、それ自体が信頼性の根拠になります
  • 複雑な問題を、検証済みの土台の上に積み上げる:いきなり複雑な条件を検証しようとせず、単純で検証可能なケースから段階的に複雑さを足していきます。新しく追加した部分だけを疑えばよくなるため、問題を切り分けやすくなります
  • 確信度をごまかさない:厳密解との比較(検証、Verification)と、経験則との比較(妥当性確認、Validation)は、性質が異なる確信度です。この違いをレポート上でも区別して明示することが、誠実な検証には欠かせません

そして、これらを尽くしてもなお機械的に判定しきれない部分が残ったときは、AIに委ねるのではなく、人間の専門家の判断にエスカレーションします。「機械的検証が効かなくなったらAIに判定させる」のではなく、「機械的検証が効かなくなったら人間に判断を渡す」という一貫性を保つことが、この設計の核心です。

AIの発達とともに、重みを増していく論点

AIが生成する計算や判断が、日常業務のより多くの場面に入り込んでいくほど、「その出力をどう検証するか」という問いは避けて通れなくなっていきます。AIに判定させることは一見効率的に見えますが、それは検証ではなく、AIの判断力への依存を一段深めているだけかもしれません。

数理物理研究所では、工学・物理という、答え合わせの基準を比較的明確に定義しやすい領域から、この検証のあり方を実地で検証しています。

ご相談の流れ

「AIに解析を任せて大丈夫なのか」「AIが出した結果を、どう検証すればいいのか分からない」。そうした疑問をお持ちの方も、ぜひ一度ご相談ください。数理物理研究所では、AIを積極的に活用しながらも、その出力を機械的に検証する仕組みを組み込んだ形でのご支援が可能です。

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